【賃貸経営】「修繕積立を増やすか・現金を温存するか」と「出口戦略」をどう結びつけるか
2026/01/26
一棟の賃貸アパート・マンションを持っているオーナーであれば、年数が経つほど気になってくるのが「修繕積立をどこまでしておくべきか」というテーマです。
管理会社や施工会社からは「そろそろ長期修繕計画を作りましょう」「修繕積立が足りないと将来困ります」と言われる一方で、「今まとまったお金を積み立ててしまうと、手元資金が心細い」という不安も出てきます。
この記事では、一棟のRCマンション・アパートを所有している個人オーナーを想定し、「修繕積立を増やすか・現金を温存するか」という悩みを、「出口戦略(長期保有/10年出口/5年売却)」とセットで考えるための視点と具体的なシミュレーションを整理します。
目次
なぜ修繕積立の判断はこんなに悩ましいのか
修繕積立の話になると、多くのオーナーは次の二つの不安の間で揺れます。
・積み立てを増やさないと、将来の大規模修繕のときに資金が足りなくなるのではないか。
・積み立てを増やしすぎると、今やりたい投資や、万一のトラブルに備える現金が薄くなるのではないか。
さらに、
・「この物件をあと何年持つのか」がはっきり決まっていない。
・売却や相続のタイミングを具体的にイメージできていない。
という状態だと、「どれくらいの期間を見据えて積み立てればよいのか」が見えないまま、漠然とした不安だけが大きくなっていきます。
本来、修繕積立は、
・建物の寿命と大規模修繕のサイクル
・家賃収入とキャッシュフロー
・オーナー自身の出口戦略(いつまで持つのか)
をつなぐ「橋渡し」のような役割を持っています。
つまり、「いくら積み立てるか」だけでなく、「いつまでこの物件と付き合うつもりなのか」とセットで考えることが欠かせません。
① 長期修繕計画と積立の“ギャップ”を見えているか
最初のポイントは、「長期修繕計画で必要とされる資金」と「現在の修繕積立のペース」とのギャップを可視化することです。
国土交通省のガイドブックでも、賃貸住宅は計画的な修繕が重要であり、長期修繕計画をベースに資金を確保することが推奨されています。
一棟アパート・マンションでも、外壁・屋上防水・共用部・設備更新などを含めると、30年スパンで数千万円規模の修繕費が必要になるケースは珍しくありません。
例えば、延床1,000㎡前後の一棟マンションの場合、よくある目安として、
・外壁・防水などの大規模修繕:12年〜15年ごとに1,000万〜2,000万円
・給排水・設備更新:20〜30年で数百万円〜1,000万円超
といった水準が例示されています。
ここでまず整理したいのは次の3点です。
・長期修繕計画(または概算)で、今後30年・20年・10年でどれくらいの修繕費が必要になりそうか。
・現在の修繕積立額(毎年・毎月)がどれくらいか、累計でいくら溜まっているか。
・このままのペースで積み立てた場合に、次の大規模修繕時点でいくら不足しそうか。
簡単な例でイメージすると、
・10年後に想定される大規模修繕:1,500万円
・現在の修繕積立残高:300万円
・今のままのペースでの積立:毎年60万円(10年で600万円)
だとすると、10年後には「300万+600万=900万円」が用意できる一方で、「約600万円」が不足する見込みになります。
逆に、
・現在の積立:毎年150万円(10年で1,500万円)
・残高:300万円
であれば、10年後には300万+1,500万=1,800万円となり、「修繕費1,500万円に対して300万円の余裕」という状態になります。
この「ギャップ」が見えたうえで、
・積立額を増やしてギャップを縮めていくのか。
・一部を借入や、売却・建替えを前提とした戦略で埋めていくのか。
といった検討が初めて意味を持つようになります。
ギャップがわからない状態で、
・「とりあえず今のままでいいか」
・「何となく不安だから少し増やしておこう」
という決め方をしてしまうと、出口戦略との整合が取りづらくなります。
② 「積立を増やすか・現金を温存するか」は出口次第で変わる
二つ目のポイントは、「修繕積立をどこまで優先するか」は、出口戦略によって答えが変わるという点です。
賃貸物件の長期修繕計画を解説する記事では、
・長期保有を前提にするなら、将来の大規模修繕を見越して計画的に積み立てること。
・反対に、一定期間での売却や建替えを予定しているなら、そのタイミングまでの修繕と積立に絞って設計すること。
が推奨されています。
ここで、代表的な3つの出口シナリオを軸に考えてみます。
① 長期保有(20〜30年スパンで持ち続ける)
② 10年以内に出口(売却 or 建替え)
③ 5年以内の売却・入れ替えも視野
それぞれについて、積立方針は次のように変わります。
【① 長期保有前提】
・30年スパンで必要な修繕総額に対して、計画的に積み立てることが基本。
・大規模修繕を借入だけに頼るのではなく、積立で一定割合を賄えるようにしておく。
・建物価値を維持することが、長期的な家賃水準維持や空室リスク低減にもつながる。
【② 10年以内の出口前提】
・「10年以内に必要な修繕」と「その先に予定される修繕」を分けて考える。
・10年以内に行うべき修繕(安全性・雨漏り・設備故障リスクなど)は積立でしっかり準備。
・10年以降に予定されている大規模修繕は、「次のオーナーが行う」ものとして織り込む。
・積立を増やしすぎて「売却予定なのに積立金だけが過剰」という状況にならないよう注意する。
【③ 5年以内売却も視野】
・大規模修繕を前提とした積立継続より、「売却条件を悪化させない最低限の修繕+現金温存」が合理的なこともある。
・売却までの5年間で必要な修繕と、そのための積立・現金確保にフォーカス。
・売却時の「修繕積立金残高」も価格評価要素になり得るが、過剰な積立は売値にそのまま反映されるとは限らない。
このように、「積立を増やすか・現金を温存するか」は、「どの出口シナリオでいくのか」を先に仮決めしないと判断できません。
「とりあえず長期保有かな」「売るかもだけど、まだ決めていない」という状態のまま、積立額だけを議論すると、どうしても腰が重くなります。
③ 修繕積立不足は「前倒しの課題」として扱う
三つ目のポイントは、「修繕積立が足りない」という状況を、単なる不安ではなく「前倒しで向き合うべき課題」として扱うことです。
分譲マンションの世界では、修繕積立金不足が社会問題になっており、
・積立金の大幅値上げ
・一時金徴収
・借入
・大規模な仕様変更・工事内容の見直し
など、さまざまな対策が検討されています。
こうした対策は、そのまま賃貸オーナーにも通用します。例えば、
・積立額の増額:月々の積立を段階的に引き上げる。
・工事内容の見直し:仕様・工法を見直し、費用対効果の高いメニューに絞る。
・借入の活用:金利や返済期間を考慮しながら、修繕ローン等で不足分を補う。
・方針転換:売却・建替え・用途変更など、中長期の戦略自体を見直す。
といった選択肢が考えられます。
ポイントは、「不足があること」が問題なのではなく、
・どれくらい足りないのか
・いつまでにそれを埋める必要があるのか
・どの方法(積立・借入・方針転換)で埋めるのか
を前倒しで決めることです。
不足を放置したまま時間だけが経つと、
・ギリギリになってから大幅な借入に頼らざるを得ない
・工事の仕様を大幅に落とさざるを得ない
・急な売却を強いられ、条件が悪くなる
といった「選択肢が狭い状態」で判断することになりがちです。
ケース別シミュレーション①:長期保有(30年スパン)
ここからは、ケース別にイメージを固めていきます。
【前提】
・RC造一棟マンション(20戸・築15年)
・現在の年間家賃収入:1,800万円
・年間経費(管理費・税金・保険など):600万円
・ローン返済:年間700万円
・現在の修繕積立:年間60万円(毎月5万円)
・修繕積立残高:300万円
【長期修繕計画の例】
・10年後(築25年):外壁・屋上防水・共用部=1,500万円
・20年後(築35年):2回目の外壁・防水+設備更新=2,000万円
・30年後(築45年):3回目の外壁・防水+配管・設備更新=2,500万円
合計すると、今後30年で約6,000万円の修繕費が見込まれます。
現在のペース(年60万円)で積み立てると、
・10年後:300万+60万×10年=900万円
・20年後:900万+60万×10年=1,500万円
・30年後:1,500万+60万×10年=2,100万円
となり、必要額6,000万円に対して、積立は約2,100万円で「約3,900万円不足」というイメージになります。
この場合、
・年間積立を120万円(毎月10万円)に増やすと、30年で300万+120万×30年=3,900万円
・それでも、借入や一部をキャッシュフローからの持ち出しで補う必要がある
といった現実が見えてきます。
長期保有を前提とするなら、
・積立を『どこまで増やすか』
・修繕の内容を『どこまで絞り込むか』
・売却や建替えの可能性を『どこまで視野に入れるか』
を、30年スパンの中で設計していくイメージです。
ケース別シミュレーション②:10年以内に出口を迎える
次に、「あと10年で売却もしくは建替えを検討している」ケースを考えます。
前提は同じですが、オーナーとしては、
・自分の年齢や事業計画から、「築25年くらいを目安に手放したい」と考えている。
とします。
この場合、30年スパンの全修繕を自分が負担する必要はなく、
・10年後(築25年)の大規模修繕1,500万円
・それまでの間の中小規模の修繕数百万円
にフォーカスして資金計画を組めばよいことになります。
現在の積立ペース(年60万円)を維持すると、この10年で600万円が増え、残高は900万円。
不足は「1,500万−900万=600万円」です。
この600万円をどう埋めるかについて、
・積立を年90万円(毎月7.5万円)にして、10年で900万円を追加→合計1,200万円
・足りない300万円を修繕ローンや一時的な持ち出しで補う
・工事内容の見直しで1,300万円程度に圧縮する
といった選択肢が考えられます。
10年以内に出口を迎える前提であれば、
・10年後以降(築35年以降)の大規模修繕は「次のオーナーの課題」と割り切る
・10年後の売却価格を下支えするための修繕(外観・防水・共用部の印象・重大な不具合)はしっかり実施する
・積立金を「売却後の自分にとって意味のないレベル」まで増やし過ぎない
というバランスがポイントになります。
ケース別シミュレーション③:5年以内売却も視野に入れる
最後に、「5年以内に売却も視野に入れている」ケースです。
同じ条件で、オーナーが
・築20年〜22年あたりで一棟売却を検討している。
と仮定します。
この場合、
・5年以内に絶対必要な修繕(雨漏り・構造・安全性に関わる部分)
・売却価格や成約スピードに直結する見た目の改善(外観・共用部)
を優先し、それ以外の長期的な修繕は「買主が自分の判断で行うもの」として扱うのが現実的です。
修繕積立についても、
・「5年でどれくらい積み立てておくと、買主にとって安心材料になるか」
・「その一方で、自分の手残りとのバランスはどうか」
という視点になります。
例えば、
・現在の残高:300万円
・5年間で年60万円積立→300万円追加、残高600万円
であれば、
・修繕積立残高600万円付き
・大規模修繕まで数年ある状態
として売却することができます。
一方、
・積立を倍にして年120万円→5年で600万円追加、残高900万円
まで増やしたところで、その全額が売却価格に上乗せされるとは限りません。
このケースでは、
・積立を多少増やす(買主の安心材料として)
・ただし、増額しすぎて「自分のキャッシュフローが苦しくなる」のは避ける
・売却までの5年で、家賃収入からある程度余力を残し「次の一手」の資金も確保する
といったバランスが現実的です。
オーナーが今すぐできる5つのステップ
ここまでのポイントとケースを踏まえて、「修繕積立を増やすか・現金を温存するか」で迷っている一棟オーナーが、具体的に動くためのステップを整理します。
ステップ1:長期修繕の全体像を把握する
・管理会社や施工会社から、簡易でもよいので長期修繕計画を出してもらう。
・外壁・屋上防水・共用部・設備更新などの大きな工事と、そのおおよその時期・金額を確認する。
・「10年以内」「10〜20年」「20年以上先」に分けて、修繕の山を整理する。
ステップ2:現在の積立とギャップを計算する
・現在の修繕積立残高と、毎年の積立額を洗い出す。
・このままのペースで積み立てた場合、次の大規模修繕の時点でいくら不足しそうかを試算する。
・ギャップを「金額」と「年数」で具体的な数字にしてみる。
ステップ3:出口のイメージを言葉にする
・この物件を「あと何年持つつもりか」を、自分なりに仮決めする。
・家族やパートナーと、「売却」「相続」「建替え」について一度話題に出してみる。
・「長期保有」「10年以内に出口」「5年以内に売却も視野」の3つを並べ、どれが一番しっくり来るか考える。
ステップ4:シナリオごとに積立方針を分けて考える
・シナリオA(長期保有):ガイドラインや長期修繕計画に沿って、積立額を増やす前提で見直す。
・シナリオB(10年以内に出口):10年以内に必要な修繕と積立にフォーカスし、それ以降の工事は出口後のオーナーに委ねる形で考える。
・シナリオC(5年以内の売却も検討):積立増額よりも、現金を温存して売却・買い替えに備える戦略も比較する。
ステップ5:金融・税務も含めて専門家に相談する
・積立の扱いが税務上どうなるか(必要経費としての扱い等)を税理士に確認する。
・売却や建替えの可能性も含めて、不動産会社やファイナンシャルプランナーに相談する。
・複数の専門家の意見を聞きつつ、「自分と家族にとって一番しっくりくる組み合わせ」を選ぶ。
まとめ|修繕積立は「出口に向けた資金計画」として設計する
修繕積立を増やすか、それとも現金を温存するか――このテーマは、多くの一棟オーナーにとって頭の痛い問題です。
しかし、
・長期修繕計画と現在の積立のギャップを数字で見える化すること。
・「長期保有」か「一定期間での出口」かという、自分なりの方向性を言葉にすること。
・そのうえで、積立・借入・売却・建替えといった選択肢を組み合わせていくこと。
によって、「何となく不安だから増やす/減らす」という感覚ベースの判断から抜け出しやすくなります。
修繕積立は、単なる「費用」ではなく、「自分と家族が、その物件とどう付き合い、どう終わらせるか」のための資金計画です。
出口戦略とセットで見直すことで、賃貸経営全体の舵取りが、ぐっとしやすくなっていきます。