【大規模修繕工事に“コンサルはもういらない”?】

大規模修繕工事の新常識|なぜ“コンサル任せ”では失敗するのか?

マンションの大規模修繕工事において、「設計コンサルタントを入れるのが当たり前」とされてきた常識が、いま大きく揺らいでいます。

これまでのスタイルは、建築士などの専門家による第三者監理を重視し、住民に代わって仕様や業者選定を判断してもらう“コンサル方式”が主流でした。この方式は、技術的な専門性と中立性を期待されており、確かに一見すると合理的に見えます。しかし、現実の現場ではこの方法が“ブラックボックス化”しやすく、住民が蚊帳の外に置かれるという根本的な課題を抱えています。

特に近年では、その方式自体が原因でトラブルに発展するケースが全国で多発しています。

「住民の納得が得られない」
「談合まがいの業者選定が行われている」
「工事の費用が不透明で信頼できない」

こうした声が背景となり、今注目されているのが「ファシリテーション型」と呼ばれる住民主体の大規模修繕工事の進め方です。


なぜ“コンサル方式”ではうまくいかないのか?

従来の「大規模修繕工事 コンサル方式」では、設計事務所や監理者が主導権を握り、業者選定や仕様策定を管理組合に代わって進めてきました。

コンサルタントは“専門家”という立場であるがゆえに、その判断に異議を唱えにくい雰囲気があり、結果として住民は「お任せするしかない」という受け身の立場に追い込まれがちです。

とくに理事や修繕委員の中には、「自分は素人だから」「専門知識がないから」と、早い段階で判断を放棄してしまう人も多くいます。
その結果、住民全体としても議論が起きにくくなり、コンサルが提示する案が“既定路線”として通ってしまう構図が生まれます。

さらに現場では、「ではコンサルを入れずに進めて、万が一失敗したら責任を取れますか?」というような、暗に責任を押しつけるプレッシャーがかけられるケースも少なくありません。
この言葉は非常に強力です。理事や委員が「自分が責任を取れる立場ではない」と感じてしまうと、反論や再検討の提案すらできなくなります。

実際には、住民合意があれば別の進め方も選べるはずなのに、こうした発言が“萎縮”を生み、結果的に管理組合全体がコンサルの判断に従う以外の選択肢を失ってしまうのです。

こうした“責任の押しつけ構造”は、まさに大規模修繕工事における構造的な問題の一つであり、住民参加の機会を奪い、合意形成の質を下げる大きな要因となっています。


ファシリテーション型という新しい選択肢

こうした“お任せの限界”が顕在化する中で、今、全国の管理組合から注目を集めているのが、「ファシリテーション型」と呼ばれる大規模修繕工事の新しい進め方です。

この方式の本質は、住民主体の合意形成を実現するために、専門家があくまでも黒子として機能する点にあります。従来のように、専門家が答えを一方的に提示するのではなく、複数の選択肢を示し、それぞれの意味や影響を住民と一緒に考えるプロセスを重視します。つまり、専門家は「決める人」ではなく、「決められるように支える人」。住民一人ひとりが判断するために必要な情報を、平易な言葉で翻訳し、見やすく整理し、客観的に比較できるよう提示する。それがファシリテーション型の最大の役割です。

ファシリテーション型の修繕方式では、はじめから住民の理解や納得を前提にした進行プロセスが設計されています。たとえば、工事の仕様や工法、業者選定に関して、複数案を公平に提示し、それぞれのメリット・デメリットを図解で説明するだけでなく、難解な専門用語が並ぶ設計書や報告書も、住民が理解しやすい言葉や図表に置き換え、誰もが把握できる状態をつくります。修繕委員会や理事会とは日常的に打合せを行い、進行状況や判断の背景を共有。意見の相違があった場合も、中立的な立場で整理・調整を行いながら、全体の合意形成へと導いていきます。

これらは単なる“丁寧な説明”ではなく、住民がプロジェクトの全体像と選択肢を理解し、自分ごととして意思決定に参加できる状態を意図的に設計した仕組みです。結果として、「納得して選んだ工事」になるため、トラブルや不満が起きにくくなりますし、完成後の満足度や管理組合内での信頼感も飛躍的に向上します。

また、「わからないから不安」「説明されていないから疑う」といった心理的なストレスが減るため、理事会の負担軽減にもつながります。説明責任の質が高まり、次期理事会への引き継ぎもスムーズになり、管理組合全体の運営の安定にも寄与します。そして何より、「住民がこの工事に自分の意思で参加した」という実感は、金額では測れない、コミュニティの一体感や信頼関係を生み出します。

ファシリテーション型は、単なる方法の違いではなく、大規模修繕工事における考え方そのものを変える、革新的な選択肢だと言えるでしょう。「専門家にすべてを任せる」時代から、「住民が納得して選ぶ」時代へ。その変化を後押しするのが、ファシリテーションという仕組みなのです。

■(株)新東亜工業におけるファシリテーション事業


「建築士=安心」は思い込み? 資格の本質を見極める

ここで見落としてはならないのが、大規模修繕工事における“専門性”の本質です。多くの設計コンサルタントは「一級建築士」の資格を前面に出し、「有資格者が監理に入るから安心です」といった説明を行います。確かに建築士は建物の設計を行うための国家資格であり、その専門性や社会的な信頼性は高く評価されています。しかし、建築士の専門領域はあくまで「設計と計画」の分野にあり、「実際の工事をどう進めるか」「現場で何が起きているか」という施工のプロセスとは大きく異なります。

大規模修繕工事は、新築工事のように白紙の状態から設計を起こしていくわけではありません。長年使用されてきた建物の劣化状況を調査・診断し、制約のある中で実際に補修・改修を行っていく非常に“現場性”の高い作業です。既存の構造や使われ方、住民の生活環境とのバランスを考えながら、限られた予算と工期の中でどのように最適な施工を実現するかという視点が欠かせません。そうした現場において、本当に重要なのは「設計図が美しいか」ではなく、「現場がきちんと回るか」「施工が確実に管理されるか」という実務的な力なのです。

その実務の中核を担うのが「施工管理技士」という国家資格を持つ専門家です。施工管理技士は、施工計画の立案から始まり、工程管理・品質管理・安全管理・コスト管理まで、現場全体をトータルにマネジメントする力が求められます。図面だけでは把握できない現場の細かな状況判断や、現場作業員との調整・トラブル対応、工程の最適化など、まさに“その場で解決する力”が求められる実践型のプロフェッショナルです。

建築士が“理論と図面の専門家”であるならば、施工管理技士は“現場と実行の専門家”といえるでしょう。とくに大規模修繕工事のように、住民の生活が継続する中での工事では、現場での配慮や柔軟な対応が求められる場面が多く、紙の上では解決できないことばかりです。だからこそ、現場に即した対応力を備えた施工管理技士の存在が、工事全体の質を左右するといっても過言ではありません。

つまり、資格の名前や聞こえの良さだけに頼るのではなく、その資格が実際のプロジェクトにどう貢献するのか、その“実務力”を見極める視点が必要です。建築士の肩書きがあっても、それが自動的に修繕工事の成功を約束するわけではないのです。むしろ、複雑で繊細な調整が求められる大規模修繕工事こそ、施工管理技士のような“現場を動かす力”を持った人材の関与が必要不可欠なのです。

コンサル任せから脱却し、住民とともに進める修繕へ

大規模修繕工事を成功に導くために、今本当に必要なのは、「コンサル任せ」の姿勢から抜け出し、住民が主体となって意思決定に関わる体制を築くことです。従来のように、専門家の言うことを鵜呑みにして受け入れるだけの進め方では、たとえ工事が完了しても「納得できていない」「よくわからなかった」という感覚だけが残り、後々のトラブルや不信感につながりやすくなります。

特に設計コンサルタントに依存した方式では、住民の多くがプロセスから取り残されてしまい、理事会ですら詳細な中身を把握できないまま、業者選定や仕様決定が進んでしまうケースが少なくありません。「この業者で決まりです」「この仕様が最善です」と一方的に提示される資料に対して、本来なら疑問を持つべき場面でも、「専門家がそう言うなら…」と口を閉ざしてしまう。こうした空気が支配するプロジェクトに、果たして“住民の合意”はあるのでしょうか。

一方、ファシリテーション型の修繕方式は、このような閉塞感のある体制を根本から変えるアプローチです。住民がただ「説明を受ける存在」ではなく、「選択し、判断する当事者」として参加することを前提にプロセスが設計されているため、意思決定の質が大きく向上します。

たとえば、業者選定の場面でも、特定の一社を推すのではなく、複数の候補を公平に提示し、それぞれの強みやリスク、費用の内訳までもが住民に開示されます。工法や仕上げ材の違いについても、専門家が一方的に決めるのではなく、住民の生活感覚や意見をヒアリングしたうえで、納得のいく選択肢を導き出す仕組みが整っています。

このように、ファシリテーション型では「説明を受けて終わり」ではなく、「対話を通じて決める」という合意形成のプロセスそのものが工事の品質を左右します。結果的に、住民の納得度が非常に高くなり、工事の途中や完了後にクレームや不信感が噴出することが大幅に減少するのです。

さらに、住民説明会の質もまったく異なります。従来の形式的な報告会とは違い、双方向の意見交換が重視され、疑問や不安をその場で解消できる構成になっています。参加者が「自分の意見が反映された」「理解できた」という実感を持てることで、プロジェクト全体への信頼感が高まり、次の理事会や修繕委員会へのスムーズな引き継ぎも可能になります。

このようなプロセスを重ねることで、管理組合そのものの成熟度が高まり、「任せきり」だった運営から、「住民がともに考え、ともに進める」管理体制へと進化していくのです。修繕工事は単なる建物の改修ではなく、マンションという“共同体”の質を問う出来事でもあります。だからこそ、そこに暮らす住民自身が関わり、納得して進めることが、何よりも価値のあるプロセスだと言えるでしょう。

これからの時代、大規模修繕工事は「専門家任せの時代」から「住民とともに進める時代」へと、確実にシフトしていきます。その中核を担うのが、まさにファシリテーション型のアプローチなのです。

監修:石川繁雄(一級建築士・一級建築施工管理技士)